〈デジタル大臣政務官兼内閣府政務官の職を拝命いたしました!〉
この度、思いもよらぬことに、第二次岸田改造内閣で、デジタル大臣政務官兼内閣府大臣政務官の職を拝命することとなり、12日に総理官邸にて岸田総理より辞令をいただきました。
これもこれまで数々応援してくださった皆様のおかげです。また、本当に多くの方々からお祝いのメッセージをいただきました。心から厚く御礼申し上げます。
7月11日に父を亡くしたばかりですが、父の後押しを貰ったつもりで、心機一転頑張ります!
デジタル化の推進は、社会の利便性・効率性を高めるのみならず、新たな経済成長の原動力となるものです。距離のハンディを根本的に無くす地方創生の切り札でもあります。世界的なWeb3の潮流にも、絶対に乗り遅れてはならず、むしろ日本がこれをリードしていかなくてはなりません。さらには、サイバー攻撃への備えなど、安全保障上の重要度も増しています。他方、ここ数十年、米国をはじめ諸外国から遅れをとってきた分野でもあり、我が国にとって今後最も加速させなくてはならない、極めて重要な分野だと思っています。
知事時代、遠隔教育の推進、デジタル技術による課題解決型産業創出スキーム、ネクスト次世代型施設園芸システム開発など、デジタル化を高知でどう生かすか先鞭をつけようと努力してきました。その成功体験、失敗体験双方を踏まえ、力は足りませんが、全力で頑張ってまいりたいと考えております。
まずは、多くの方々から教えを乞いながら、猛勉強を重ねたいと思っております。皆様からご指導、ご鞭撻を賜りますよう、心からお願い申し上げます!
※8月12日、総理から辞令をいただいた後、総理公邸にて記念撮影、初の政務官会議に臨みました(光栄にも中谷総理補佐官とも同席させていただきました)。



<御礼ご挨拶>
この度は、父・尾﨑仁の通夜・葬儀・告別式にあたり、皆様方から数々の御弔意を賜り、心から御礼申し上げます。
父は、若い頃は合気道に没頭し、社会人となってからは、そこで培った気力・体力を活かして、営業畑一筋の仕事人間として、県内各地を飛び回っておりました。
引退後は穏やかに暮らしたいと申しておりましたが、私が突然知事選挙に出馬することとなり、驚愕・動揺しつつも、営業畑時代の経験をいかして、母とともに、息子の私を必死で応援してくれました。約12年間、苦労もかけましたが、おかげ様で、多くの皆様との再会・新たな出会いの機会に恵まれ、充実した晩年を過ごすことができたものと思います。
ここに生前、皆様方に賜りました御厚情に心から御礼申し上げます。
私の知事退任の頃から、少し安心もしたのか、急に体調を崩し、約2年半に亘り療養生活を送っておりましたが、去る7月11日に苦しむこともなく穏やかに旅立ちました。この間、私の衆議院議員当選、孫たちの就職、進学の事を報告できたことはせめてもの幸いだと思っております。この間、病院関係者の皆様には並々ならぬお力を賜りました。心から御礼申し上げます。
かなり前から覚悟しておったこととはいえ、やはり亡くなるとしみじみと悲しく、寂しいものです。父は、幼少の頃、一人っ子の私を本当に可愛がってくれましたし、長じてからも、モノの考え方や、仕事の仕方など、多くを教えてくれました。今は、ただただ、感謝の思いで一杯です。
通夜・葬儀・告別式の場で、多くの皆様にお別れすることができ、父も喜んでいることと思います。改めて生前賜った御厚情並びにこの度賜った御弔意に心から御礼申し上げます。この度は、誠に誠にありがとうございました。
尾﨑正直 拝
※父の故郷土佐清水市足摺岬の空と海。父が大好きだった景色です。