高知県知事時代

  • 産振計画⑦~さらなる飛躍願い~
  • 番外編

各論(観光編 上)

 ここからは、産業振興計画の各分野の取り組みを回顧することとしたい。まずは、観光分野から。
 観光は、効果が比較的早く出やすく、県経済の7割に及ぶサービス業への波及効果も大きいため、産業振興計画では重点を置いた。
 高知県では、観光を専当する部局の歴史は新しい。観光部ができたのは、平成19年4月。私が知事に就任する8ヶ月前に過ぎない。私が就任した当時は、少なくとも県としては、観光政策を展開し始めたばかりという状況であった。
 他県では観光振興といえばインバウンドの振興を意味する場合が多い。だが、そもそも、国内誘客さえ低迷していたこと、経済効果をもたらすためには、むしろ国内誘客の方が速効性があること、などから、本県ではまずは国内誘客を優先した取り組みをスタートさせた。

《大きなギャップ》

 就任2ヶ月後、東京事務所主宰の懇親会で、私は苦い苦い薬を飲まされた。
 「応援なんてできませんよ。今更遅過ぎです。」高知出身の観光業界の方にかなりズケッと言われたのだ。
 当時は、県の久々の観光キャンペーン「花人とさ出会い博」の開幕前1ヶ月という時期だった。いよいよ対外PR開始、さて、そのためにどうするか、という議論を庁内で行っていたのだ。私もPR開始が少々遅いのではと思いつつも、遅れを少しでもリカバリーしたいとの思いで、県出身を頼りに「花博」の応援を頼んだのだが。
 一言で言えば、我々の動きは、あまりに業界の常識からかけ離れていた。関係者曰く、開始半年前にはPRを始めないと旅行商品に組み込めないし、そもそも花のイベントと言っても、花が確実に咲く保証はない、バックアッププランはあるのか、云々。一々、ごもっともだと思いながら、如何に県の観光行政が未熟かを思い知らされたのだ。
 その1ヶ月後の2008年4月から、観光分野の産振計画を立案し始めたのだが、この未熟さを克服するためにも、官民協働で取り組む必要があると痛感した。産振計画検討委員会に分野毎の分科会を設け、民間有識者に参加いただくことにしたのは、この「苦い薬」を生かしてのことでもある。
 幸いにして、同年6月には2年後の「龍馬伝」の放映が決まった。これは明確な政策目標ができたということでもあった。10年1月の放映開始の半年前には県外の旅行会社にPRを始めることを目標として、民間関係者のご協力も頂きながら、「土佐龍馬であい博」の準備を進めたのだ。

《残された課題》

 「龍馬伝」の好調さのおかげで、そして福山龍馬さんのおかげで、10年の観光入り込み客数は435万人と史上最高となった。また、反動減対策として「龍馬ふるさと博」を翌年実施したことで、11年は385万人と、「龍馬伝」前の310万人よりも相当高止まりで着地できた。「苦い薬」を飲ませていただいたおかげで、県の観光政策も、実際の観光振興につながる実効性を一定発揮できた。こうした点では大成功だったし、県庁にも、やればできる、との自信をつけさせてくれた。
 だが、こうした成功の裏で、やはり観光政策として多くの課題を認識することとなったのも事実だ。反省事項は多かったのだ。
 第一は、地域への周遊がやはり弱かったことだ。10年の観光入り込み客数は中央部は前年比約47%増であったが、東部は約5%増、西部は約5%減に止まった。中山間地域に外貨をもたらすという観点からも、地域に周遊を呼び込むことは重大な課題だ。もう一段、地域の観光の体制を強化する必要があった。
 第二は、反動減対策をとった11年の385万人という入り込み客数は、確かに大河前を上回ったが、やはり10年よりは大きく落ちていた。大河なしに400万人のレベルを維持するためには、観光の底力を引き上げる必要があることは言うまでもないことであった。
 観光の場合も、地産を強化し、外商を強化するとの二つの側面が重要となる。外商の面、すなわち、県外へのPRについては「であい博」などを通じて相当ノウハウは蓄積されたと言えるだろう。しかし、中山間への誘客強化のためには、地域からのPR力を強化する必要があった。
 地産の強化の点でも課題は大きかった。「であい博」や「ふるさと博」のメインパビリオンの主要テーマは「ドラマ」であった。このドラマによらない歴史観光資源の磨き上げ、すなわち、歴史観光の脱ドラマ化が大きな課題であった。
 合わせて、歴史以外の観光資源である食や自然の磨き上げも課題であった。歴史観光のみでは裾野の広がりに限界がある。歴史ファン以外の層も取り込んでいく必要があったし、そもそも歴史観光に来てくれた方々の満足度を上げるためにも、食や自然と組み合わせた観光を楽しんでいただく必要があった。更には、インバウンド観光の振興のためにも、観光の3要素と言われる文化と食と自然それぞれの磨き上げが必要であったのだ。
 「龍馬伝」後は、観光分野の産業振興計画では、これらの課題をどうやって克服するかを軸として、政策展開していったのだ。

(観光 下 へ続く)