高知県知事時代

  • 産振計画⑤~二つの良き成功例~
  • 番外編

ビッグプロジェクト!

 「知事!あの名前はなんで?」。昼休み、携帯から知人の大声が響いた。東京の新たなアンテナショップの名称を「まるごと高知」と発表したばかりのこと。「まるごと愛媛」でも可能ではないか、高知ならではの名前にすべき、との趣旨だった。県民投票で最も得票数の多いものを選んだと説明しても、なかなか納得が得られず、ほうほうの体で電話を切ったことを覚えている。
 他にも多くの方からお叱りを受けた。スタート時点からつまづいたか、と恐れもしたが、今思えば、これは県民の関心の高さの裏返しでもあった。

《枕ことば》

 今では、もっと規模の大きいプロジェクトもめずらしくはない。しかし、まだ財政再建路線の影が色濃い2010年当時の県政では、年間家賃が8000万円近くという新たな取り組みは、まさしくビッグプロジェクトであった。報道でも「県が多額の税金を投入して実施する」事業だと、必ず枕ことばがついた。
 県政として絶対に失敗は許されなかった。故に妥協なく検討を重ねたのだ。
 まずは場所の選定が重要であった。私自身も随分と歩いて探したし、東京の高知県人会の皆さんからも様々な紹介を受けた。結局、銀座一丁目、日本一、二の売り上げを誇る沖縄のアンテナショップの隣に決まったが、これはその集客力に「コバンザメ」のように預かろうとの思惑でもあった。後年、近隣に、広島、山形など複数県のショップが集まり、相乗効果をもたらすこととなったのだが。
 レストランの準備も大変だった。大赤字は必定だと、レストラン開設には反対も多かった。しかし、高知の食品の魅力は、その食べ方の妙とも相まって光る場合が多い。是非、おきゃく文化などをアピールする場が必要だと考えたのだ。   
 特に、メニュー作りには苦労した。スタッフの皆さんと何度か試食会を重ねたが、この間、高知の料理界の先生方から、もっと素材を生かして、とか、ゆずポン酢の使い方のコツとか、様々なアドバイスをいただいた。長引く試行錯誤にジリジリと焦りも覚えたものだ。
 忘れもしない開店の1ヶ月前。メニュー開発用に賃貸していた東銀座のマンションの一室で、私は目玉3品の試作品と向き合った。「この段階で駄目ならレストランは失敗。お願いだから!」と祈る気持ちで箸をつけたのだ。まさに、県政のかかった3皿であった。
 結果は上々、本当に美味しいと思った。東京の嗜好も知った方を、とお願いした埼玉出身のシェフ曰く、ゆずポン酢の使い方など高知流のコツが掴めたとのこと。「美味しい、美味しい」と言いながら、心底ほっとしたことを昨日のことのように覚えている。

《シンボルとして》

 「まるごと高知」は、地産外商戦略の要として複数の機能を担っていた。
 当然、まずは店舗の売り上げが重要であった。想定を超えた大赤字ともなれば、事業の存続自体が危ぶまれる。オープン翌日から知事退任日まで、メールで送られてくる前日の売り上げデータに、毎朝、一喜一憂したものだ。
 ただ、その機能は店舗での売り上げに止まるものではない。「まるごと高知」は、その運営にあたる地産外商公社の東京事務所と同居している。地産外商公社は、県内事業者の外商活動をサポートする役目を負う。約20名の公社スタッフは、東京で商談の機会を作り出したり、営業拠点を持たない事業者の代わりに、飛び込み営業や後追い営業をしたり、と様々な活動を展開する。そして、後に、こうした活動はスタッフの常駐する大阪、名古屋、さらに全国へと広がった。
 「まるごと高知」は、この公社の取り組みの一環として、3つの機能を担っていた。第一は、地産外商公社の営業活動を支援する役割である。店舗そのものが、商品を間近に見られるディスプレーの役目を果たしたし、店頭での売り上げデータは外商活動の武器でもあった。
 第二は、県内事業者に腕試しの機会を提供する機能だ。初めて地産外商に挑戦する商品について、店頭で試し販売の機会を提供したのだ。因みに19年度には252商品について実施されている。
 第三に、PR拠点としての機能も重要であった。公社の専任スタッフは、TVから雑誌まで様々な媒体に高知産品の売り込みを仕掛けている。その効果は絶大で、その広告効果は19年度には広告費換算で約83億円に及んだ。人気のバラエティ番組から取材を受けたりすれば、その商品は大ブレークした。
 「おきゃく」の厨房で作った出来立ての料理を前にPRイベントも度々開催した。例えば19年8月には、タレントの山里亮太さんの観光特使委嘱式を「おきゃく」で行なった。熱々のワラ焼きたたきも登場して、カメラの放列の前で高知の魅力を大いにPRいただいたのだ。
 何より、「まるごと高知」は、「地産外商とはどういうものか」を分かりやすく県民に示す一種のシンボルとしての役目も果たしてきた。そこに行けば、東京でも売れる商品達がたくさん展示されているし、「おきゃく」では東京人にも受ける高知のメニューが沢山提供されている。
 地産外商とは何か、が県民に理解されればされるほど、地産外商は進む。その理解促進に果たした「まるごと高知」の役割は非常に大きなものがあった。
 開設後3年程度は、「上京のついでに『まるごと高知』を見てきた。もっとこうしたら?」とのアドバイスをよく伺った。名称にも多くの関心が寄せられたように、小さな店舗ではあるが、県民の皆様に育てていただいたビッグプロジェクトだったのだ。   

第八回番外編②「勝負の年の勝負!」へ続く)