高知県知事時代

  • 産振計画⑦~さらなる飛躍願い~
  • 番外編

産振計画の構造①

 重複する点もあるが、ここで、産業振興計画の構造について、少しまとめたい。
 産振計画は、個々のプロジェクトの成功を目指すに止まるものではなく、県勢全般の浮揚を目指したものだ。だから、計画全体の設計にあたっては、地産外商による経済効果が十分に大きくなるよう、かつ、県民に十分に行き渡っていくよう工夫を凝らす必要があった。
 個々のプロジェクトが成功したのに経済が上向かないなら、それは全体設計がおかしいということだ。広範囲に色々な取り組みを行う必要があることは自明であったが、予算や人員の制約もあり、闇雲にやる訳にはいかない。在任中を通じて、私は職員とともに、全体としてどういう構造であれば、この点をクリアできるか考え続けたのだ。

《共通の考え方》

 結論から言うと、産振計画の全体設計に当たっては、3つのカタカナ語が鍵となった。システム、ネットワーク、ポートフォリオである。
 第一のシステムについては、既に繰り返し述べた。各産業分野の地産外商を進めるにあたっては、川上、川中、川下それぞれの状況を調べて、システム全体を把握するよう努めた。その上で、ボトルネックを解消し、牽引役を育てることによって、全体として拡大再生産の好循環を作り出そうと考えたのだ。
 繰り返すが、川中が詰まっているのに、川上分野を強化しても閉塞を起こすだけだ。政策効果を十分にもたらすためには、当該分野のシステム全体の把握が不可欠であった。
 第二、第三のネットワークとポートフォリオは、横の広がりと縦の広がりと言っても良い。経済効果を県内により広くより多く波及させるためには、県内外に効果的なネットワークを作る必要があった。
 そして、先々に亘って成長をもたらすためには、必ず、今の対策とともに、将来の種蒔きを同時に行わねばならない。今と将来との間で、良きポートフォリオを組まねばならないのだ。
 産振計画は、第二期、第三期と大幅にバージョンアップしていったが、期を追うごとに、こうした三つの考え方をより色濃く反映していったのである。

《ネットワークの構築》

 ネットワークに関しては、以下の3つの構築を目指した。
第一は、重点を置く「産業分野間のネットワーク」である。産振計画では生産性が全国一である園芸農業など、比較優位のある一次産業の振興を基幹に据えた。併せて、一次産業から原料調達を図る食品加工分野や、食や自然を生かせる観光分野にも重点を置き、相互に波及効果をもたらそうと試みた。
 高知でも一次産業の就業人口比率は約11%に過ぎず、約17%の2次産業や、約69%の3次産業にも経済波及効果をもたらす工夫が必要だったのだ。
 更に、第2期計画では、2次産業であるものづくり分野の対策を強化して、ネットワークを更に広げようとした。本県のものづくりは、もともと農林水産業由来のものが多く、相互の波及効果が見込めた。合わせて、災害多発県である本県の優れた防災ノウハウを生かして、防災関連産業の振興に力を注いだ。これは、弱みを強みに転じる取り組みでもあった。
 そして、特に3期目から本格化するIT・コンテンツ関連産業の振興策は、観光振興につぐ3次産業対策であるとともに、他の産業のデジタル化による高度化のきっかけを作ることを目的としたものでもあった。
 第二のネットワークは、先述のとおり「中山間に係る三層のネットワーク」だ。第2期計画では、新たに、集落活動センターの取り組みを立ち上げ、各産業分野共通の政策である産業成長戦略と、地域の資源を生かした地産外商事業である地域アクションプランとの間で、相互に波及効果をもたらすよう努めた。3者の間でよき分業体制を築けるよう工夫したのだ。
 そして、第三のネットワークは「県外とのネットワーク」だ。できる限り、県外に応援団を設けることで、より大きな経済効果を高知にもたらそうと努めた。
 在任中は40を超える県外企業と地方創生などに関連して包括協定を締結した。透明性を確保しつつネットワークを構築しようと努めたのだ。
 社員食堂での高知フェア、社内報での高知観光の紹介などから始まって、鉄道売店網での高知産品販売や、キャンプ施設の高知への進出等々、より具体的なプロジェクトに繋がる例もあった。
 また、林業分野では東京の経済同友会企業の皆さんと、自社の建築物の木造化プロジェクトを実施したし、漁業分野では浜から魚介類を直送する「高知家の魚応援の店」に、都会の1,000店舗を超える食堂や料亭などに登録いただいた。
 更に、食品分野では、地産外商公社は、大手の複数の食品卸会社等と信頼関係を結び、高知県専門の社内商談会などの機会を沢山いただいていた。こうした地産外商のネットワークは、高知の宝と言ってもよい。
 こうした県内外の3つのネットワークを通じて、経済効果をできるだけ多く作り出し、県内の各地域に運ぶ、そうしたことに努めたのだ。

(第十回番外編②「産振計画の構造②」(次回掲載予定)へ続く)