高知県知事時代

  • 産業振興計画と中山間対策②
  • 番外編

小さな田舎だからこそ

 今思えば随分と思い切ったことを言ったものだ。「どうしてくれるのか?」と質問されたら、私はいつも「確かにこのままでは消えるでしょうね」と応えていた。    
 その上で、「小さい集落が内に閉じこもってしまっては、本当に消えてしまう。外に売って出て活力を呼び込んでくることが必要だ。担い手がいないなら呼びましょう。何もしなければ活路は開けない。県も精一杯お手伝いしますので」と訴えたのだ。
 中山間地域に経済効果を浸透させるために、2期目を通じて中山間対策を抜本強化したのだが、その基本的な考え方は「地産外商+移住促進」であった。これを地域アクションプランなどの効果が届きにくい、より奥の集落で展開しようと努めたのだ。
 なぜ中山間の暮らしが苦労するか。それは産業が小さく若者が残れないからだが、それは商圏が足許では小さ過ぎるからだ。商圏は必ず外にも求めなければならない。だから地産外商である。
 併せて、中山間地域では、事業を起こそうにも担い手が少ない、との指摘にも応えなくてはならない。それ故に、移住促進が重要であった。

《拠点の重要性》

 この「地産外商+移住促進」の取り組みを中山間の奥の奥の集落で展開するためには、そのための拠点作りが重要であった。
 1期目も終わろうとする頃、庁内の協議で中山間対策に携わる職員から大胆なプランを聞いた。集落活動センターのアイデアである。
 津野町の床鍋集落で、廃校を活用して民泊事業などを展開している「森の巣箱」さんの取り組みを参考にしたという。廃校跡地や公民館を活用して、暮らしを守る集落コンビニやデイサービスのような事業を展開したり、民泊や地域オフィス、更には特産品生産といった外貨を稼ぐ事業を展開する機能を持たせようという取り組みだ。
 果たしてうまくいくのか、とやや迷った。だが、地産外商事業を地域地域に展開するためには、それを担う組織が是非とも必要だ。思い切って2期目の公約に同センターの普及を掲げることにしたのだ。
 その上で、一次産業重視の産業成長戦略と、地域アクションプラン、そして、集落活動センターの取り組みとの間で、「分業体制」を構築することができれば、経済効果は地域に波及するはずだ、と目論んだ。
 先述のとおり、中山間での事業はどうしても小規模なものとなりがちだ。だからこそ、射程をより広げていくためにも、近隣のより規模の大きい事業との分業体制の構築が求められた。
 例えば、都会を射程に収めた地域アクションプランに対する原料供給の一端を集落活動センターが担うとか、産業成長戦略の一環として全県的に実施する観光キャンペーンと連動して、集落活動センターが宿泊機能を担う、といった連携が想定された。

《覚悟の挑戦》

 併せて、移住促進についても、思い切ってその抜本強化に踏み出した。
 正直なところ、本県は移住促進策について相当苦戦した過去を持つ。災害が多く、都会からも遠いことから、ハードルはやはり高かったのだ。長野県のように都会に近い田舎が、両方の良さを楽しめる地域として、今でも人気の移住先となっている。
 しかし、先の理屈からいって、本県でも移住促進策の抜本強化は是非とも挑戦すべき課題であった。
 移住促進策を講じるにあたっては、多くの県が行うような「豊かな自然や暮らしやすさ」を売りにするのみならず、担い手の募集であることを強調するよう努めた。この集落ではこうした事業の担い手を求めている、是非、その思いに答えてほしい、と訴えたのだ。高知家の移住は「志移住」だと銘打った。
 その上で、web siteでのアピールから、県職員、市町村職員による寄り添い型の相談体制へ、とリレー方式を構築して、本格的に移住促進に努めることとした。
 「集落活動センターを設立し、中山間を地産外商の分業ネットワークでカバーする。」「担い手を確保するために、中山間も含めた移住促進策を構築する。」この2点が1期目から2期目にかけて中山間対策を抜本強化したポイントだ。
 実際には、その実現には多くの困難が伴った。だが、県土の大多数を中山間が占める高知にとって、こうした施策は困難だが、覚悟をもって取り組むべきものであった。

(番外編「産業振興計画と中山間対策③」へ続く)