高知県知事時代

  • 産振計画④~官民協働を願って~
  • 番外編

新たな慣性の法則

 「PDCAシート」を一枚一枚めくってガミガミ言っていた頃の私は、本当に「疑い深い」人間だった。各施策が本当に実行されているのか、気がかりでならなったのだ。疑いをかけられて不愉快に思った職員もいただろう。お詫びをしなければならないが、行政の一種の癖を知っている私は本当に不安であった。
 計画策定段階から、官民協働を主張する私に対し、「県の計画などこれまでも『絵に書いた餅』だった。無駄なものに巻き込まないでくれ」との批判もよくなされていた。
 民間とは異なり、公務員の場合、計画を実行しなくても倒産はない。もちろん、議会で予算の執行状況をチェックされるので、全く動かず、とはならない。だが、例えば「関係の会議を開催し、検討を継続」ということが繰り返されても、定められた会議の予算はしっかり執行されたことになる。
 このような形で、「動いているようで動いていない」ことが、行政の世界では十分にあり得るのだ。

《自主的に動く仕組みを》

 だから、計画策定後の次の大仕事は、計画がしっかりと実行されるよう徹底することだった。このため、電話帳のような厚みのある「PDCAシート」を、私自ら一枚、一枚、チェックするということをあえてしたのだ。職員一人一人に「本当に実行するのだ!」と気合を注入する、そういう思いでもあった。
 しかし、当然だが、いつまでもこれではいけない。知事として、より重要なことは、自主的に、確実に実行される仕組みを作ることであった。産業振興計画を策定した後、何年も試行錯誤を続け、概ね以下のような仕組みに辿り着いたのだ。
 仕組みの第一は、繰り返しになるが、PDCAシートという形で各施策の実行状況を「見える化」し、それを確認する会議を四半期ごとに持ったことだ。しかもこれを、マスコミも入れたフルオープンの場でやった。おかげで「特に何もしていません」との答えはどんどん少なくなっていった。
 合わせて、ここがミソなのだが、年度当初にPDCAシートを作る際に、年間の実行計画を、四半期ごとにブレークダウンする作業を行ってもらった。各部局の内部では、さらに月毎に分けてもらった。これによって、各課のセクション単位の5W1Hがより詳細に定められ、「仕事の段取り」もかなり明確になったはずだ。
 仕組みの第二は、目標の明示であった。目標には、大きく三つの層がある。第一は、民間の事業戦略でいう「ビジョン」に相当するものだ。産振計画は多数の職員が関わるものだし、官民協働、市町村政との連携を目指したものでもある。プレーヤー間の連携を図るためにも、各分野で「どういう姿を目指すのか」を明らかにすることは非常に重要であった。
 次に、ビジョンの実現に向けて講じる各施策ごとに、アウトプット目標を設定した。事業者の同行営業を何回やった、展示商談会に何社出店したという目標は、それで終わってしまっては無意味だが、施策の実行状況を確認するものとしては有効である。
 言うまでもなく、一番大事なのはアウトカム目標である。地産外商の成約金額をいくらとする、観光入り込み客数を何万人とする、移住を何組とする、といった実際の経済効果に関わる成果目標だ。そして、その達成状況を四半期毎の本部会議で確認し、仮に、芳しくなければ、速やかに施策の改善を模索した。
 仕組みの第三は、産振計画のPDCAサイクルを予算編成過程に組み込むことだ。予算編成期は一年で最も忙しい時期だ。予算と権限の獲得を目指して職員も自ずと力が入る。何より、計画に予算の裏付けがなければ実行はできない。
 このため、例えば、来年度の農業分野の予算を論じる前提として、必ず、産振計画の農業分野をどう改善するか議論するようにした。二つを切り離して、予算は予算、計画は計画としてしまうと、計画は「絵に書いた餅」となってしまう。

《弛まぬ改善》

 以上を繰り返すうちに、産振計画を毎年度改定するのは、言わば「当たり前」になっていった。さらに、年度途中の変更さえ珍しくはなくなった。
 計画策定当初は「すぐ結果が出るわけでは無いのだから、腰をすえて」と改定そのものに反対する意見も多かった。「毎年度改定するなどというのは、自信のなさの現れだ」とまで言う識者もいたくらいだ。
 しかし、計画を実行すれば、当然、想定よりも良いものも悪いものも出てくる。良いものは伸ばし、悪いものを修正するのは当たり前である。改定を毎年度、毎年度繰り返していく中で、産振計画は少しずつ実効性あるものとなっていったのだ。
 後年、こうした考え方を、南海トラフ地震対策、日本一の健康長寿県構想など、県政のあらゆる分野に適用していった。今や高知県庁には、「PDCAサイクルによる弛まぬ改善」という良き「慣性の法則」が存在しているのだ。

第八回「産振計画⑤〜2つの良き成功例〜」へ続く)