高知県知事時代

  • 県政スタート ~天にも通じるまで~
  • 番外編

民意と県庁

 「至誠通天の県政」の実現にむけて、知事1期目の最大のパートナーだった十河清さん。実は、副知事就任を引き受けてくださるかどうか自信がなかった。十河さん自身が知事候補と目された方だ。橋本元知事から後継者として指名され、それを固辞された経緯もあった。知事選出馬を断ったからには、新しい県政とは一線を画すのでは、との憶測もあり、私も不安を覚えていた。
 しかし、県政をスムーズにスタートさせるためにも、「若さ」と「財務官僚」に対する県民の不安を少しでも取り除かねばならなかった。更に、市町村との関係構築、庁内の掌握という観点からも、「県政のベテラン」である十河さんの力を是非ともお借りしたかったのだ。
 ある夜、二人きりの一席で私は必死の思いで十河さんにお願いをした。「若造の私をたすけてください」。強張った顔をした私に、穏やかな顔で十河さんは答えてくれた。「お引き受けしましょう。あなたとならやれる気がする」。
 心底ほっとした、その時からが県政の真のスタートだった。
 首長が変わると、新しい行政の実現のために、外部から全く新たなスタッフをつれてくる場合もある。しかし、あの時点の高知では、庁内からもっとも人望のある方に補佐役をお願いすることが最善であった。
 もしあそこで断られていたら、県政はスタート時点から躓くところであった。改めて十河さんには深く感謝申し上げたい。

《慣性の法則》

 就任後1、2年の間、よく怒っていた頃の話を少し付け加えたい。県庁職員と民意とのズレに直面した私は、改めて、政と官との違い、そして、官に向き合う政治の重要性を考えさせられたのだ。
 官は、計画性をもって着実に仕事をこなすことにその特性がある。これはこれで極めて大事なことだ。だが、一旦やることを定めるとそれが一種の「慣性の法則」を発揮し、着実に同じ路線を歩み続けることになってしまう。そして、それは時に、民意との解離をうむ。
 他方、政治は民意を敏感に察し、スピード感をもってこれを行政に反映させることにその役目がある。特に、これまでの方向性を転換し、新たな道を切り開く必要がある時、その重要性は高まる。
 就任早々、私が県庁でなそうとしたことは、当時の「今の民意」を県行政に反映させることだった。繰り返すが、当時の民意は「高知は危機的。大変な状況」というものだった。「全国は好景気でも、高知は全くの不景気」という当時の状況は、後に経済データを分析しても確かに大変であった。

《お家芸》

 しかし、就任後、県庁内で私が、選挙戦や「対話と実行座談会」で感じた県民の危機感を踏まえ、早急な対応策の必要性を述べても、県職員にノラリクラリとやりすごされている、と感じることが多々あったのだ。
 就任当初、若いから老練な県庁職員達に騙されないように、と忠告してくれた方がたくさんいたが、私はそちらには自信がある。政治家の言うことを「メンツを立てながらサボタージュ」するのは役人の一種のお家芸だ。10年以上前のことではあるが、私はその手練手管を霞ヶ関でいやというほど見てきた。
 だから、「問題意識は持っているが財政が厳しい。できることは既にやっています」といった役人言葉には騙されない自信が、私にはあった。実効性のあることを「やっていない」ことが、鼻にツンとくる感覚で分かったのだ。
 だが、それだけに、そうした答えで良しとする当時の県庁の感覚に腹がたった。もちろん、大いに危機感を抱く傑物も本当にたくさんいた。だが、その思いが政策として組織的に実現されていなかったのである。
 個々の県庁職員の問題ではない。本当の問題は、より根本的な、当時の県庁の「慣性の法則」に関わるところにあった。危機に直面して、それに対処しようとする構えが当時の県庁にはなかった。なぜそうだったか。答えは明確である。「行政改革と財政再建路線」である。

第三回「県政スタート 〜天にも通じるまで〜」番外編②へ続く)